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2つの翻訳スタイル

カテゴリ : 
翻訳
執筆 : 
ellersley 2012-7-18 11:38

翻訳時には、次の2つの進め方があります。



  1. 一文一文をその都度完璧に仕上げ、見直しはほとんどしない

  2. まずはとにかく最後まで訳し切り、見直しをしながら仕上げていく


どちらのスタイルをとるかは、翻訳者によって異なるようです。「スティーブ・ジョブズI・II」などの翻訳で有名な井口耕二さんは1のスタイルに近いようですが、私は2のスタイルで、和訳の場合にはその傾向が特に顕著です。


2のスタイルを好む理由は、ざっと羅列すると次のようになります。



  • 粗くても、とりあえず早めに最後まで訳してしまった方が気がラク

  • 時間を置いて訳文を改めて見てみると、アラが見つかりやすい

  • 時間を置いて訳文を改めて見てみると、最初はわからなかった部分がなぜか理解できる


私は以前に、即時性の高いニュース翻訳のプロジェクトに参加していたことがあり、そこでは、数百ワードの原稿を受け取った後、1時間後とか1時間半後に送り返す必要がありました。その際もやはり私はできるだけ2のスタイルを心がけていたのですが、翌日そのニュースサイトを見ると、自分でも驚くほど稚拙な訳文が掲載されていて思わず赤面することがありました。訳し終えた後、確かに確認したはずなのですが、訳してから時間が経っていないと、なぜかアラに気付かないのです。


そのような自身の経験を踏まえ、受講生には2のスタイルを勧めると同時に、訳文を一晩寝かせるように勧めています。寝るという行為が非常に重要で、翌日改めて訳文を見てみると、非常に客観的に見ることができ、粗訳の段階ではわからなかったことが、なぜか明快に理解できたりするのです。どうやら寝ている間に、様々な情報が頭の中で整理されているようです。


粗訳と見直しの時間配分も人それぞれであり、原文の難易度や、原文の内容に対する造詣の深さなどによっても異なりますが、私の場合は3:1くらいが理想的です。例えば5日間で完結すべき案件であれば、4日目の昼までに粗訳を終え、午後から見直し・仕上げに入ります。4日目いっぱいまで粗訳に費やし、最後の1日で見直し・仕上げを行うと、少し品質が下がります。


自分が本当に得意な内容の案件であれば、1に近いスタイルで納品できますが、そのような案件が来るのは、残念ながら年に数回しかありません。


体裁の不備や誤変換といった単純なミスを避けるためにも、受講生には2のスタイルをお勧めします。木曜日の夜中に提出された答案には、やはり単純な疎漏が多いという傾向が見られます。


2のスタイルを実践する際のコツは、粗訳の段階で時間をかけ過ぎないことです。わからないところは、適当に訳しておくか、英語のままにしておくかして、どんどん先に進みましょう。その部分をハイライトしておけば、見直しの際に非常に役立ちます。粗訳が終わった時点ではハイライトだらけという状況になることもありますが、一晩寝て、翌日見直しに入るときには、一度読んで訳しているため、文脈や背景情報がある程度頭に入っています。ですから、粗訳時よりも大局的な視点から疑問点を再考することができ、五里霧中の状態で調べる粗訳時よりも効率よく調べられるはずです。

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Lie To Me / Bon Jovi

カテゴリ : 
音楽
執筆 : 
ellersley 2012-5-7 11:12

Words: Jon Bon Jovi
Music:  Richie Sambora

 

 

 

Rumour has it that your daddy's coming down
He's gonna pay the rent
Tell me baby,
is this as good as life is gonna get
It feels like there's a stranger
standing in these shoes
But, I know I can't lose me,
'cause then I'd be losing you
 
父親が家賃を払いに来るんだってな
それって 究極の幸せなのかい
何だか妙な気分だよ
自分が自分でないような
でもわかっているよ
自分を見失ってはいけない
お前を失うことになるから
 
I know I promised baby
I would be the one to make our dreams come true
I ain't too proud of all the struggles
And the hard times we've been through
When this cold world comes between us
Please tell me you'll be brave
'Cause I can realize the danger
when forgiveness fades away
 
いつか約束したよな
俺が2人の夢を叶えるんだと
これまでの苦労と不遇は大きな誇りさ
互いの愛が冷めたときには
勇気を出すように言ってくれ
許す気持ちが失われたときの危うさが
俺にはわかるんだ
 
If you don't love me - lie to me
'Cause baby you're the one thing I believe
Let it all fall down around us,
if that's what's meant to be
Right now if you don't love me baby - lie to me
 
俺を愛していないのなら 嘘をついてくれ
お前のことだけは信じているから
成り行きにまかせるよ
それが運命だというのなら
もう愛せないというのなら 嘘をついてくれ
 
Pour another cup of coffee
Babe I got something to say to you
I ain't got the winning ticket
Not the one that's gonna pull us through
 
珈琲をもう1杯入れてくれないか
お前に大事なことを言わないとな
俺に勝ち目がないのはわかっているよ
元に戻れるなんて 思っちゃいないさ
 
No one said that it'd be easy
Let your old man take you home
But know that if you walk out on me
that darling I'd be gone
 
簡単だとは誰も言ってなかったな
父親と一緒に行きなよ
お前に捨てられた俺は
もぬけの殻になるだけだけどね
 
If you don't love me - lie to me
'Cause baby you're the one thing I believe
Let it all fall down around us,
if that's what's meant to be
Right now if you can't love me baby - lie to me
Baby, I can take it
 
俺を愛していないのなら 嘘をついてくれ
お前のことだけは信じているから
成り行きにまかせるよ
それが運命だというのなら
もう愛せないというのなら 嘘をついてくれ
俺はその嘘を真に受けるつもりだから
 

- solo -

 

 
It's a bitch, but life's a roller coaster ride
The ups and downs will make you scream sometimes
It's hard believing that the thrill is gone
But we got to go around again,
so let's hold on
 
やりきれないけど 人生なんて
ジェットコースターみたいなもの
その浮き沈みに 叫びたくなることもある
もうスリルを味わえないなんて
なかなか信じ難いけど
避けては通れないことだから がんばろう
 
If you don't love me - lie to me
'Cause baby you're the one thing I believe
Let it all fall down around us
If that's what's meant to be
Right now if you can't love me baby - lie to me
Lie to me
Baby, I can take it
C'mon lie to me
 
俺を愛していないのなら 嘘をついてくれ
お前のことだけは信じているから
成り行きにまかせるよ
それが運命だというのなら
もう愛せないというのなら 嘘をついてくれ
俺はその嘘を真に受けるつもりだから
 
 

翻訳: 中村泰洋

  


  

今回も再び Bon Jovi です。1995 年リリースのアルバム「These Days」に収められているシブい 1 曲を取り上げました。


Bon Jovi は前作「Keep The Faith」でも Bed Of Roses と I Want You という出色のバラード曲を書いていますが、ドラマチックに展開するこれまでの作風とは対照的に、しっとりと穏やかに展開するという新境地を開拓しています。この作風はその後、Thank You For Loving Me や Make A Memory といった佳曲を生み出しており、今では Bon Jovi の 1 つのスタイルとして確立された感があります。


ビジュアルの良いジョン・ボン・ジョヴィとリッチー・サンボラの 2 人だけをフィーチャーした PV 編集には、プロモーターサイドのいやらしい意図も感じられますが、曲としての完成度は高水準です。いわゆる売れ線狙いのキャッチーな曲調ではないので、一聴しただけではあまり響かないのですが、時間の経過と共にその良さがじわじわと沁み入ってくるのです。特に 2 コーラス目、艶のあるリッチーのコーラスが入ってくるあたりから、ドラマチックなサビ、シブさ満点のソロを経て転調するまでの展開が実に印象的です。


アットホームな雰囲気の中でリラックスして演奏するジョンとリッチーの姿は、実に格好良い。80 年代には見られなかった大人の余裕といいますか、大物としてのある種の風格のようなものが漂っています。遡ること 11 年、メジャーデビュー当時のイタすぎる映像を見れば、その成熟ぶりは明らかです。


本作がリリースされた 1995 年は、私にとって 1 つの節目として記憶されている年です。前年に大学を中退し、アルバイトの延長で地元の塾に就職した私はすぐに、「こんな自分に、子どもに何かを教える資格なんて、あるわけないな」ということを悟りました。そして、少なくとも英語を教えようと思うなら、もう少しまともなレベルの英語を身に付けるのはもちろんのこと、実際に英語が使われている社会環境を身をもってリアルに体験しないことには、何も伝えられないのではないかと痛烈に感じるようになりました。


配属されていた校舎の先輩社員に相談すると、


「それは良いことだよ。若い頃はね、どんな失敗をしても良いんだよ」とか、

「行っておいでよ。若い時にしかできないことだから。自分で言うのは変だけど、中村くんはこの塾で一生を終える人じゃないよ」


といった力強い励ましが返ってきて、1 年しか働いていなかったのに、退職の日には餞別まで持たせてくれました。


「大学はもういいよ。アカデミズムなんてまっぴらだから。また行きたくなった時に行けばいいんだ」


そう思っていた私は語学留学を選びました。行き先は、自身の預金残高を踏まえ、授業料や生活費が安くて気候がよく、みんながあまり行かないところという理由で選んだニュージーランドのオークランドでした。当時はまだインターネットが普及する前ですので、情報を集める手段は、もっぱら自分の足です。領事館に出向いて学校の情報を閲覧し、ヘタクソな英語で書いたホストファミリーへの手紙を同封して願書を郵送する。PayPal なんて便利なツールもありませんから、授業料の払い込みも、ニュージーランドドルを取り扱っている銀行に行って窓口で現金払いです。しかし、その面倒な作業の 1 つひとつが新鮮で、ひとつの手続きを終えるごとに、期待で胸が膨らむのでした。


学校の授業はそれほど難しいものではなく、入学当初は聞き取りや会話がダメでしたが、文法は楽勝で、プレゼンやレポートで困ることもほとんどありませんでした。ホストファミリーにも恵まれた上、学校の紹介で地元のサッカークラブにも入ることができ、満喫というほどではないにせよ、概ね満足できる 10 か月を過ごすことができました。今も大切に保管している「These Days」の CD は、このときにオークランドで購入した海外版です。


その後の人生も失敗と遠回りの繰り返しで、全然順調に行っていませんが、どうにか翻訳者として自立することができ、翻訳の授業を任せてもらえるくらいにはなれましたので、当時の判断はそんなに間違ってはいなかったのではないかと、今のところは考えています。


私は歌詞を訳す時、読むだけではなく、実際に口ずさんでみます(といいますか、良い曲なので勝手に歌いたくなります)。音律も、ニュアンスを把握するための 1 つの情報なのですが、最初の 4 行をまともに歌えたためしがありません。

Rumor hhhh ... pay the rent,
Tell me baby hhhh ... gonna get

だいたいいつも、こんな感じです。


私はこの曲を、発売から 17 年が経過した 2012 年においてもなお、何か月に一度かの割合で聴きたくなります。本当に良い曲というのは、何年経っても色褪せないのです。

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ロンドン五輪 注目は馬場馬術

カテゴリ : 
スポーツ
執筆 : 
ellersley 2012-4-25 12:14

馬場馬術という競技で、法華津寛選手がロンドンオリンピックの日本代表に決定しました。法華津選手は、何と御年71歳で、東京オリンピックにも出場しているというから驚きです。ゴージャスな名字と相まって、一見しただけでは名字と名前の境目もよく分かりませんが、「ほけつ ひろし」だそうです。


「馬場馬術、ホケツがロンドン五輪代表に」


この一文だけ見ると、本来の選手がケガでもしたのかと思ってしまいますが、あくまでも法華津選手がレギュラーです。


法華津選手の控えというのも当然いるはずですが、もし控え選手が「馬場」という名前だったらと、くだらないことを考え出したら、段々エスカレートし、とうとう、


「万が一、現在71歳の法華津選手に何か(!?)が起こったら


という、チュートリアルの徳井並のどうしようもない妄想へと発展しました。


また、馬場馬術には団体戦というのもあるそうです。個人戦ではレギュラーの法華津選手も、団体戦では控えに回る可能性があります(と勝手に推測)。そんなこんなで、


「ロンドン五輪の馬場馬術は、レギュラーの法華津に変わって補欠の馬場が出場」


とか、


「馬場馬術の団体戦は、馬場がレギュラーで法華津が補欠」


という事態になったら、女子サッカーの決勝戦や、男子200メートル平泳ぎ決勝よりも大きな注目を集め、「ピーター・ファン・デン・ホーヘンバンド」問題を超えるオリンピック史上最大の関心事になることでしょう。


「法華津」という姓は、戦国時代に伊予国南部で活躍した海賊、法華津氏に由来するそうで、奥さんは鎌倉時代の執権・北条時宗の子孫という、まさに華麗なる一族です。


法華津選手の経歴も少し見ておきましょう。Wikipedia によりますと、

武蔵高等学校慶應義塾大学を卒業後、日本石油に入社

東京オリンピック後に日本石油を退社してデューク大学大学院へ留学

外資系の製薬会社社員を経て、ジョンソン・エンド・ジョンソンのグループ企業社長に就任

定年退職後にオリンピック出場を決意し、2003年よりドイツ・アーヘンで単身馬術修行

さらに、1998年のソウルオリンピックでは、代表に選ばれるも、愛馬が出国検疫でウイルス陽性反応を示し、ソウルへ輸送不可となって出場を断念

という、そのゴージャスな名前と経歴に負けず劣らず華麗です。


ちなみに「中村」という姓は、日本で8番目に多い平凡な名字で、人口は975,000人ということです。どうでもいいんですけどね。

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ボランタリー活動だって立派な経験

カテゴリ : 
思い出
執筆 : 
ellersley 2012-1-30 12:10

私はかつて5年ほど、愛知県大府(おおぶ)市に住んでおり、ボランティアとして市の公報を英訳する仕事を手がけていました。最近は多くの自治体で同様の取り組みが行われており、市内在住の外国人向けに、病院の休日診療スケジュールや、季節のイベント情報、ゴミの分別方法などを各国語で記したニュースレターのようなものを定期的に発行しています。


引っ越してきて間もないころに、自分が住んでいる街ともう少し主体的に関わりたいという思いから軽い気持ちで問い合わせたのですが、その当時すでに翻訳者として仕事をしていたということもあり、すぐに仕事を頼まれるようになりました。


仕事といってもボランティアですので、分量は大したことなく、月に1度、せいぜいA4サイズ1〜2ページほどだったと思います。ボランティアが書き上げた訳文は、市役所に常駐している国際交流員のネイティブチェック・校正を経て印刷され、市内の各施設に配布されていました。もちろん無料ですので、それを見れば、自分が訳した原稿が最終的にどうなっているのかを簡単に確認することができ、良質な添削を受けているのと同じ状態でした。


本業が忙しいときにはこの仕事が負担に感じられることもありましたが、このボランタリー活動には、大きな付加価値がありました。外国から来客があったときに、通訳として市のイベントに随行するよう要請されるのです。もちろんその仕事も無償なのですが、小中学校を訪問して、ゲストと一緒に体育や書道の授業を受けた後、子供たちと一緒に給食を食べたり、生まれて初めて日本に来る外国人に、公衆浴場でのマナーを指導しながら市内の温泉施設に一緒に入って語らったりするという非日常な体験が、とかく単調になりがちな独り暮らし生活に適度な刺激をもたらしてくれました。


あれは確か2000年の12月頃だったと記憶しています。大府市の市制30周年記念行事の一環として、姉妹都市提携を結んでいる豪州ポートフィリップ市から、ジュリアン・ヒル市長を含む3人のゲストを招いた大きな式典が行われました。このとき、市長のスピーチやその後の交流セッションの通訳という、これまでにない大役が回ってきました。


ヒル市長は当時27歳で、当時の私よりもさらに年下だったことには驚きましたが、壇上に上がってスピーチを始めたときに市長が見せた、年齢に似つかわしくない大人びた対応が実に印象的で、今でもよく覚えています。


私が事前の挨拶で述べた、「私はボランティアの通訳者であって、残念ながらプロフェッショナルではない。もしかしたら、ちょっと聞き直してしまうこともあるかもしれないがご容赦いただきたい」という言葉を覚えていたのでしょう。そのスピーチにおける市長の発音は、1つひとつの単語が実に明瞭で、1文ないし2文を話し終えたところ、すなわち普通のスピーチよりも明らかに早いタイミングでポーズを入れたのです。


ちょっとトチったところもありましたが、私は大過なく役割を果たすことができ、式典終了後、市役所の担当職員の方から、「中村さんお疲れさま。市長の通訳、なかなか難しい内容もあったのに、とても分かりやすかったですよ。ありがとうございました」という言葉をいただきました。


翻訳を学んでいれば、誰しも実務を経験してみたいことでしょう。一日でも早く実務について報酬を受け取れるのが理想的ではありますが、現在の厳しい業況の中で未経験者が仕事を獲得するのは確かに簡単ではありません。もちろん、無報酬でも良いから訳したいという人はたくさんいますし、当時の私のような職業翻訳者がボランティアとしても活動している場合もありますから、ボランタリー翻訳が決して簡単というわけではないのでしょうが、職業翻訳よりはハードルが低く、競争も緩慢でしょう。また、自治体のボランタリー翻訳という仕事は、商業翻訳と比べるとエンドユーザーが身近に存在します。子供を連れた若い母親らしき女性が私の訳したニュースレターを棚から持っていく様子を、私は実際に何度か市役所で見かけました。このように、「自分が訳した文章を確実に誰かが読んでいて、わずかながらも誰かの役に立っている」という実感をダイレクトに得ることができるのです。その喜びの大きさは、報酬の有無ないし多寡とは無関係であり、そういう体験は、学習意欲を一層駆り立ててくれることでしょう。


私は、このボランタリー活動の内容を、新しい取引先や応募先に提出する職務経歴書の末尾に今でもしっかりと書き込んであります。ボランタリー活動だって立派な職歴なのです。


結局私は2004年に大府市から転出し、現在住んでいる街に引っ越してきたのですが、転出から1週間後、大府市の国際交流課から1通の封書が届き、中にはボランタリーワークに対する礼状と図書カードが入っていました。


大府という街は、名古屋の都心からほんの一足なのに葡萄が美味しい適度な田舎で、それでいて財政は豊かで、市内にはバカ広くてきれいな公園とホテルのような豪奢なスポーツ施設、国内屈指の医療施設があり、街は遊歩道が整備されていて住民の民度が高いだけの街ではなく、このように人に優しい街でもありました。


要するに、私は大府という街が大好きだったということです。

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TELL ME / Vow Wow

カテゴリ : 
音楽
執筆 : 
ellersley 2011-12-23 7:21

Words: Spence Alex

Music: 山本 恭司

 

 

I'll take you for a ride
Through the dark and empty streets
All through the night
Racing with the moon
I don't know what to say
I don't know what we're gonna do
Keep driving on
Till the morning comes
 
さあ乗りな
人影のない真っ暗な道を駆け抜け
夜通し走り続けるんだ
月と競争さ
何が待ち受けているか
そんなことはわからない
ただ朝まで走り続けるだけさ
 
We can't go on,
knowing that the dream has gone
your suspicious mind,
searching for a sign
You're heading down a dead-end street
 
夢が破れたと知ってしまったら
もう生きてはいけない
おまえは疑念に囚われながら
手がかりを求め
先のない道を突き進んでいる
 
Tell me what you want
Tell me what you need
Please make up your mind
Leave the past behind
Open up the door
 
何が欲しいのか 何が必要なのか
教えてくれ
覚悟を決めるんだ
そして過去と決別して
未来への扉を開くのさ
 
Tell me from your heart
Tell me what you feel
Truth is deep inside
Secrets you can't hide
Throw them all away
It's all up to you 
おまえの心の叫びを
そしておまえの気持ちを
訊かせてくれ
真実は心の奥底に潜んでいる
隠しておけない秘密なんて捨ててしまえ
すべてはおまえ次第だ
 
The eyes that turn to stone
When I look behind the mask
Where evil sits
Waiting for the time
 
仮面の下を覗き込めば
冷酷な瞳が
邪悪な眼差しで
静かに時期をうかがっている
 
It's been so long,
since we started going wrong
You can light the spark,
come out of the dark
together through the longest night
 
道を誤ってから
ずいぶん経っちまった
でも 火を灯し 暗闇から抜け出して
この長い夜を一緒に突き抜ければいい
 
Tell me what you want
Tell me what you need
Please make up your mind
Leave the past behind
Open up the door
 
何が欲しいのか 何が必要なのか
教えてくれ
覚悟を決めるんだ
そして過去と決別して
未来への扉を開くのさ
 
Tell me from your heart
Tell me what you feel
Truth is deep inside
Secrets you can't hide
Throw them all away
 

おまえの心の叫びを
そしておまえの気持ちを
訊かせてくれ
真実は心の奥底に潜んでいる
隠しておけない秘密なんて
捨ててしまえ
 

- Solo -
 
 
Tell me what you want
Tell me what you need
Please make up your mind
Leave the past behind
Open up the door
 
何が欲しいのか 何が必要なのか
教えてくれ
覚悟を決めるんだ
そして過去と決別して
未来への扉を開くのさ
 
Tell me from your heart
Tell me what you feel
Truth is deep inside
Secrets you can't hide
Throw them all away
 
おまえの心の叫びを
そしておまえの気持ちを
訊かせてくれ
真実は心の奥底に潜んでいる
隠しておけない秘密なんて
捨ててしまえ
 
  翻訳: 中村泰洋

 

私には、いつの時代も変わらず好きな曲が 3 曲あります。一般的には、自身の成長に伴って、あるいはその時に置かれている境遇によって好きな曲も変わってくるものですが、その3曲については、いつの時代も、どんな境遇であっても、その中で順位が変わることはあっても、私のリストから漏れることがありません。ここで紹介する「Tell Me」は、そんな 3 大名曲群、ライフタイムアンセムの1つです。

 

この曲は、以前に紹介した I'm Gonna Sing The Blues と同様、Vow Wow が 1990 年に発表した『Mountain Top』というアルバムに収録されていたボーナストラックです。

 

このアルバムは、私が生まれて 2 番目に買った CD です。当時高校 3 年生。わずか 5000 円という毎月の小遣いの中から、3000 円もする国内版 CD を買うことは特別なことでした。

 

良く晴れた春の日で、放課後に 1 人黙々と歩いて向かったのは、当時昭和区の御器所に店を構えていた DISC HEAVEN という HR/HM 系専門のレコード店。狭い店内に CD やレコードが所狭しと並んでいて、CD がギチギチに並んでいる白い棚から『Mountain Top』を引っ張り出し、昼食時間や部活のときに買うパンやジュースを節約して貯めた 3000 円を、背中まで髪を伸ばしたいかにもな風貌の店長に差し出し、ビニール袋に入れてもらって店を出るまでの一連のプロセスを、今でも鮮明に記憶しています。

 

『Mountain Top』は、すでに英国で高評価を得ていた Vow Wow が、本丸であった米国市場への進出を目論んで制作した意欲作です。プロデューサーに、KISS や ALICE COOPER のプロデュースですでに名を馳せていた大物ボブ・エズリンを迎えるなど、万全の体制を敷きましたが、残念ながら米国のレーベルとの契約を獲得することはできず、Vow Wow は解散に追い込まれました。その後メンバーを変えてオリジナルの Bow Wow という名前で 2 度再結成されていますが、私にとっての Vow Wow は 1990 年で終わっています。

 

この「Tell Me」と「I'm Gonna Sing The Blues」は、あくまでも日本のファン向けのボーナストラックであり、米国版(実際にはリリースされなかったわけですが)には入っていません。やはりちょっと「シブ過ぎ」て、米国では受け入れられないと判断されたのでしょう。しかしこの2曲は、ともに当時の TV CM (それぞれ昭和シェル石油とスキーのヴィクトリア) に採用され、ファンの間で語り継がれる名曲となりました。壮大なスケールと、哀愁漂う湿ったメロディ。英国的な雰囲気が漂うボーナストラックにこそ、Vow Wow の魅力が凝縮されていたというのは皮肉な結果でした。

 

イントロのギターは、何かが起こりそうな緊張感を早くも抱かせます。しばらくして入ってくる「ダン・ダン、ダンダカダン」というベースとドラムのリズムに、「ヤバいぞこれは。来るぞ来るぞ」という高揚感を抑えきれません。そしてヴォーカルは改めて言及する必要なし。いつもの人見節です。歌メロはひたすら美しく、過ぎ去った日々へのノスタルジアを一気に高めます。そしてサビでは、Vow Wow の真骨頂である分厚いキーボードとコーラスが畳みかけてきます。圧巻はギターソロ。哀愁溢れるメロディを複雑なピッキングで炸裂させた後、最後にグワーッと音階を昇っていってバーンとサビに入っていくこの展開に、私は何度カタルシスを覚えたかわかりません。このように、「起承転結がはっきりしていてドラマチックに展開し、ウェットでメランコリックでありながら疾走感に溢れた曲」が私は堪らなく好きなのです。Bon Jovi の Born to be My Baby が同系列ですね。

 

● ● ●

 

今から10年ほど前だったと思います。当時初めて作成した自分の個人的なWebサイトで「I'm Gonna Sing The Blues」とその訳詞を紹介したときに、帯広在住というある方からメールをいただきました (名字も覚えていますが、ここでは T さんとしておきます)。

 

「親しい友人が病に倒れ、助かる見込みは低い。だから今生の別れの前に、彼が何とか動けるうちに、想い出の詰まった Tell Me をみんなで一緒に演奏したいが、CD がすでに廃盤となっていて手に入らない。面識もない方にお願いする非礼は重々承知しており恐縮だが、あなたが大切にしている『Mountain Top』のCDを、少しの間だけ私に貸していただけないだろうか。」

 

そういう内容でした。学生の頃にきっとバンド活動をやっていらしたのでしょう。私が急いで CD を郵送すると、1 週間後に丁寧な礼状とともに返送されてきました。

 

それから数か月後、その方からまたメールが来て、「彼は奇跡的に回復した」と報告してくれました。一度もお会いすることはありませんでしたが、一連のやりとりに使われた文体は折り目正しく、その洗練された文面からは、他者への配慮と親友への友情が滲み出ていて本当に素晴らしい方でした。

 

しかし私は、その報告に返信をしませんでした。穿った見方をしすぎたのかもしれませんが、「回復した」というは、もしかしたら、面識のない私に余計な気をつかわせないための、T さんなりの配慮なのかもしれない。メールの文面から、何となく微妙にそんな印象を感じ取ったからです。もし私の邪推が正しかったら、

 

「元気になられて良かったですね。」

 

などという文面は、T さんにとって苦痛以外の何物でもない。そう思うと、とても返信する気になれなかったのです。

 

● ● ●

 

商業的には成功しませんでしたが、『Mountain Top』は素晴らしいアルバムでした。Vow Wow は、欧米から入ってきたヘヴィーメタルという音楽に、日本人独特の感性を注入し、独自の世界観を構築して、オリジナリティ溢れるロックミュージックへと昇華させました。米国で受け入れられなかったのは、単にテイストが違ったからであって、そこは Vow Wow のマーケットではなかったということです。

 

私はおそらく、死ぬまでこの曲を愛聴し続けると思います。

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