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単なる余興

カテゴリ : 
スポーツ
執筆 : 
ellersley 2013-5-7 6:20

なのですが、天気が良かったので、自宅前の小学校で蹴ってみました。

念のため、サッカーをやったことのない人のために説明しておきますと、コーナースポットはゴールラインの延長線上にあることから、直接ゴールにねじ込むために、ボールに回転をかけています。

 

 

2日後には調子こいてフリーキックもやってみました。 

何発目のキックかは訊かないでください...

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 新企画の案内です。


すでにお気づきの方も見えるかもしれませんが、「デレクさんの日英翻訳Tips」というコーナーがスタートしました。


このコーナーは、日本人翻訳者の英訳に見られる典型的な誤ちを取り上げ、改善案を提示するブログ形式の連載です。


連載の内容は、私の知人である翻訳者/翻訳エディタのデレク・ブリークリー(Derek Bleakley )さんが5年の歳月をかけて書き記した『Hints to relating to Japanese to English Translations』という貴重な情報資料を私が日本語に翻訳したものです。


デレクさんのご厚意により、安価で紹介させていただけることになりました。デレクさんのプロフィールを以下、簡単に紹介しておきます。




Derek Bleakley英国プレストン出身の翻訳者/翻訳エディタ。英国外務省職員として1963年に来日。1993年に同省を退職後、2002年W杯招致委員会事務局を経て、太陽国際特許事務所、(株)アイシン・エンジニアリング、(株)翻訳センターで長年にわたり日英翻訳および日本人翻訳者の英訳レビューに従事。日英両国の事情に精通する立場から、海外向け情報の発信に関する有用な助言・提言を提供してきた。


趣味はサッカー観戦で、英国で出版されている日英歴史集に日本サッカー史の紹介記事を寄稿するほどの事情通。2002年の日韓ワールドカップでは、招致活動の一環として、イングランドの英雄ボビー・チャールトン氏とともにアフリカ諸国を歴訪して日本での単独開催をアピール。単独開催はならなかったものの、アジア初のW杯開催に貢献した。名古屋市在住。




日本人翻訳者の傾向や癖を知り尽くした上でネイティブの視点から発せられる的確な助言はまさに目から鱗で、実務に応用できる具体的な情報が満載です。


概ね週2回の更新を予定しており、将来的には一部の投稿を有料化(250円程度)する方針ですが、無料の投稿だけでも十分に有用と確信しておりますので、是非ご覧になってみてください。ご意見・ご提案大歓迎です。


なお、同コーナーの開始に伴い、「初心者のための翻訳Tips 100」は、「今日から使える和訳の極意」へと改名いたします。


よろしくお願いいたします。

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Intuition / TNT

カテゴリ : 
音楽
執筆 : 
ellersley 2013-4-7 11:31

Words: Tony Harnell,
Music: Ronni Le Tekro
 

 

 

One fire
A silent storm in every spirit
Locked behind a lonely dream still aware
When soldiers of fortune take your mind
The heart is your kingdom
Like magic when you find
 
一筋の炎
それは万人の魂に宿る音なき嵐
孤独な夢の背後に閉じ込められていても
決して消えてはいない
カネ目当ての傭兵が君の思考を奪っても
心は君の王国
その魔法の国を見つけよう
 
Intuition
One decision
Hold your heartbeat in your hand
Intuition, one decision
Let your dream command
 
直感
決心
鼓動を握りしめて
直感を頼りに、心を決めて
夢に従えばいい
 
One answer
The destiny of every moment
Lost inside a hungry voice in the dark
No evil illusions
No empty prayer
 
一つの答え
それはすべての瞬間に刻まれた必然の運命
暗闇の中、飢えた叫びの中にかき消されても
もう邪悪な幻想にうなされることはなく
虚しい祈りから解き放たれる
 
The heart is your kingdom
So follow if you dare
 
心は君の王国
だから勇気を出して従えばいい
 
Intuition
One decision
Hold your heartbeat in your hand
Intuition, one decision
Hold your heartbeat in your hand
 
直感
決心
鼓動を握りしめて
直感を頼りに、心を決めて
鼓動を握りしめよう
 
[Solo]
 
 
When soldiers of fortune take your mind
The heart is your kingdom
Like magic when you find
 
カネ目当ての傭兵が君の思考を奪っても
心は君の王国
その魔法の国を見つけよう
 
Intuition
One decision
Hold your heartbeat in your hand
Intuition, one decision
Let your dream command
 
直感
決心
鼓動を握りしめて
直感を頼りに、心を決めて
夢に従えばいい
 
  翻訳: 中村泰洋

 

今回紹介するのは、春うららかなこの時期にピッタリの1曲です。

 

TNTは、ノルウェーの5人組ハードロックバンドです。Vo のトニー・ハーネルは米国人ですので、厳密に言えば、「ノルウェーの」と言ってしまうことには語弊がありますが、80年代後半頃には、北欧メタルの雄として一時代を築きました。

 

「キラキラ」という形容詞がピッタリ来るキャッチーで透明感あふれるメロディと、声量豊かな高音ボイス、そして美しいコーラスハーモニー。これらが北欧メタルの大きな特徴で、TNTによって定義づけられたといっても過言ではないでしょう。

 

イントロから一貫して続く「ジャッジャジャーララ ジャーラ ジャーラ」というギターリフが実に印象的です。この曲が発表された1989年といえば、日本はバブルの真っ只中。世界に目を向けても、この年の11月にベルリンの壁が崩壊。翌年のドイツ再統一、さらにその翌年のソビエト連邦崩壊の発端となった年です。当時高校2年生だった私はもちろん、その一連のムーブメントが表す意味などこれっぽっちも理解していませんでしたが、何か新しい時代が始まる。そんな漠然とした期待感を抱いたことを覚えています。

 

Intuitionから感じられるこの一点の曇りもない明るさは、永遠の希望が広がっているかのように感じられた当時の世相を反映しているように思います。

 

ロングヘアーにピチピチのホットパンツというメンバーの出で立ちは、今見ると天然記念物ですが、当時の音楽シーンにおけるメインストリームであり、言ってみれば教科書のような正しいロックファッションでした。

 

歌詞に目を向けてみましょう。シンプル故に少々解釈に苦しむ表現も見られますが、とにかくポジティブ一色。今の音楽シーンではありえない前向きさで、爽快の一言に尽きます。サビの最後、2:36 のところで、トニー・ハーネルが One decisioooooooon とシャウトしたところにロニー・ル・テクロが「プルッ プルッ プルッ プルッ」というギターソロをかぶせてきたときに、高揚していた私の気分は最高潮に達し、カラッと晴れた青空の下、意味もなく自転車のペダルを全力で漕ぎたくなる。そんな魅力に溢れています。

 

冒頭から歌詞を追っていくと、「心」を意味する heart と mind が使い分けられていることに気づきます。念のため、それぞれの単語の定義を確認しておきましょう。授業でも頻繁に登場する Longman 4th Edition からの抜粋です。

 

heart - the part of you that feels strong emotions and feelings
mind - your intelligence and ability to think, rather than your emotions

 

heart は感情を司り、mind はどちらかというと思考を司るという違いがあることがわかります。訳文では、heart を「心」、mind を「思考」と訳し分けてみました。

 

さて、久しぶりにこの曲を聴きながら、自分がもしもう一度高校生に戻れるとしたら、どんな高校生活を送るのだろうと思いを巡らせてみました。

 

今持っている知識と経験を備えたまま当時に戻れるなら、もっと戦略的で有意義な高校生活を送っていたことでしょう。しかし、今と違ってこんなポジティブな音楽とメッセージが溢れていた時代。特にやりたいこともなく、ノーテンキな高校生だった私は、こんな音楽に囲まれていたら、やっぱり当時と同じようなノンビリ、ダラダラ、フワフワとした高校生活を送ることになるのだろうという結論に達しました。そして、今の時代に高校生でなくて良かったなと思うのでした。

 

この春に当翻訳講座を受講される皆さんが、この曲のような晴れやかな気持ちと溢れる期待感で初回授業を迎えられることを願っています。

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19 GROWING UP 〜ode to my buddy〜 / PRINCESS PRINCESS

カテゴリ : 
音楽
執筆 : 
ellersley 2013-1-9 11:26

Words: 富田京子

Music: 奥居香

 


君がくれた靴をはいていた
かかと鳴らす雨上がりの駐車場
チケットも約束も無くて
汚れるのも気にせず歩いたね ライヴァル
 

After the rain
I was excitedly walking around a parking lot
in the shoes you gave me
We had no assurance for the future, nor prospect 
but buddy we didn't care at all
 

涙は見せない強がり 自慢だった
失くした恋よりも 胸に焼きついてる
 
I was proud of my guts, never showing my tears
The pride is still carved in my mind
deeper than my lost loves
 
いじけ顔のフォトグラフが手を振る
 
Myself in the photograph is timidly waving at me
 
19 GROWING UP
一人で戸惑う夜は
借りたままの腕時計動かせば
19 GROWING UP
君の笑顔 途切れ 途切れ
私まで聞こえる GROWIN' UP
 
19 growing up
If you're stranded alone at night 
you can start my watch I lent you long ago
19 growing up
You may only smile intermittently
but I'm sure you keep growing up
 
盗み出した 彼にも秘密の
女同士少しヤバイ計画
合言葉は「冴えたやり方」
いつだってパイレーツ気取りだったよね
 
What I drew up with you was a thrilling future map
I never showed this even to my boyfriend
A "cool way" was our word
We were always wannabe pirates
 
もう二度と開くことの無い 宝の地図
選んだ心のビートが走り出すから
 
I'll never open this treasure map again
because I can't stop my heartbeat from racing 
once opening it
 
いじけ顔のフォトグラフに手を振る
 
I'll say goodbye to timid myself in the photograph
 
19 GROWING UP
それぞれの Treasure Islands
一つずつ 現実に変ってく
19 GROWING UP
今でも巧くやってるなら 忘れるなよ
いつまでも GROWING UP
 
19 growing up
Our "treasure islands" will turn into reality one by one 
19 growing up
Remember to keep growing up 
even if you're getting along
 

GROWING UP
一人で戸惑う夜は
借りたままの腕時計動かせば
19 GROWING UP
君の笑顔 途切れ 途切れ
私まで聞こえる GROWIN' UP
 

Growing up
If you're stranded alone at night 
you can start my watch I lent you long ago
19 growing up
You may only smile intermittently
but I'm sure you keep growing up

  翻訳: 中村泰洋

 


 

今回は趣向を変えて(変えすぎか?)、プリンセス・プリンセスの代表曲を取り上げてみました。リリースは1988年で、彼女たちをスターダムに押し上げた出世作とも言えます。AKB48の「会いたかった」と同じような位置付けでしょう。

 

リリース当時、私はまだ16歳の高校1年生でした。この頃すでに、Loudness や Helloween といったハードロック・ヘヴィーメタルに傾倒していましたので、プリンセス・プリンセスに特別熱狂したわけではありませんが、この歌メロと歌詞は、少しばかり私の心に響きました。当時の彼女たちの人気は本当に凄くて、学園祭ではおそらくどこの高校でも、プリンセス・プリンセスのコピーバンドが Diamond を演奏していたはずです。

 

また、高2のときのサッカー部の夏合宿で、毎朝5時にアラーム代わりに鳴り出したのが「M」だったことを思い出します。「合宿なのにこの曲はおかしいだろ」と、女子マネージャーの選曲に不満を覚えながら、眠い目をこすって渋々起床したのでした。

 

そんなことはさておき、訳出するに当たって歌詞を改めて (初めて?) 精読してみたのですが、曖昧な比喩が多くて実に難しい。

  • 「チケット」や「約束」は、将来に対する確信や保証を表す隠喩という解釈で良いのだろうか。
  • 「盗み出した」というのは、「思いついた」ということなのだろうか。
  • 写真に写るいじけ顔の子は、本人なのか、それとも親友の女の子なのか。
  • 「treasure islands」を英訳詩にそのまま使用して、果たしてその真意がきちんと伝わるのだろうか。

とりあえず自身の解釈に従って訳文を書いてみましたが、作詞者である冨田京子のメッセージが、ネイティブの人に果たして何パーセント伝わるのか非常に不安で、とりあえず、「女どうし」の友情を唄った詩であるということがはっきりと伝わらないのは確かです... 難しい...

 

今になっていろいろと疑問が浮かんできたものの、16 歳当時の自分にとって、そんなことはもちろんどうでも良く、高校を卒業して 19 歳くらいになると、別れや旅立ちや決意みたいなのがあって、そんな青春チックな 1 コマが自分にもやってくるのかなと、ぼんやりと思っていました。特に将来の夢や目標もなかった当時の自分から見れば、3 年先など、想像もできない未来だったのです。

 

結局、私にとっての 19 歳の日々は、別に grow up していると感じるようなものではなく、あっけなく淡々と過ぎていったわけですが、それから 10 年後、私は思いの外、プリンセス・プリンセスと接点を持つことになりました。

 

確か 2000 年ごろだったと思います。仕事で格闘していた目の前の英文がよく理解できず、何の目的も無い無意味な Web サーフィンといういつもの逃避行動に明け暮れていたところ、彼女たちの代表曲「世界でいちばん熱い夏」に遭遇しました。「ああ懐かしいなぁ」と思いながら、何となくこの曲のことを調べていて、CBSソニー(だったと思います)のホームページにたどり着きました。

 

すでにプリンセス・プリンセスは解散していましたが、ヴォーカルの岸谷(奥居)香がソロ活動をしている様子が載っていて、そのページには、「本人へのメッセージを募集中。メッセージの内容を見て、毎月2人の方に返信します」という案内が記されていました。

 

「とりあえず送ってみるか」

 

そう思った私は、高校生の頃によく聴いたということと、メッセージを送ろうと思った経緯に加え、解散して時間が経って、奥居さんは当時のフィーバーぶりをどう振り返っているのか。もしかして、夢や幻のようなリアリティのない出来事と感じているのか、あの頃が懐かしくて、また戻りたいと思うこともあるのか、といった質問を沿えてメッセージを送りました。

 

 

そして 1 か月後...

 

 

 

 

 

 

 

 

私は返信対象の 2 人に選ばれたのでした。CBSソニーのドメインが入ったアドレスから送られてきたそのメールには、

 

「自分の中で、プリ・プリ時代の日々は、もう遠い過去のことになっていて、懐かしいとか、戻りたいとか思うことはないなぁ。自分が忘れっぽいからかな」

 

概ねそういった内容のメッセージが記載されており、末尾に「岸谷 香」と署名されていました。

 

同年代だった当時の友人に見せると、「凄い。本物だと思う」とのコメント。私もあれは本物だっただろうと今でも思っています。

 

このメッセージを受信したアドレスも今はなく、保存用にと記録しておいたフロッピーディスクも無くしてしまったので、あのメッセージを読み返すことはもうありませんが、自分が今置かれている環境や近未来の状況に不確定要素が多すぎて、3 年後を明確にイメージできないのは、「19 Growing Up」をリアルタイムで聴いていた当時と同じです。

 

あれから 4 半世紀。背負っているものが増えた故の大きな不安と、事業の法人化を前にした少しばかりの希望。自身の状況は大きく変わりましたが、自分がどうやって自己実現したいのかが少しばかりわかってきた分、多少は成長したということですかね。

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Please Don't Leave Me / Pretty Maids

カテゴリ : 
音楽
執筆 : 
ellersley 2012-9-22 15:40


 

In the summer we'd be crazy
we'd fool around all the the time
oh how I loved that giri
when sbe was mine
 
夏になると、クレイジーになって
バカなことばかりやっていた
あの子が自分のものだったころ
どれだけ好きだったことか
 
But now she'd left me
for another guy
and it realy brought me down
for without that giri
l was lost and found
 
でも彼女はもう俺のもとを去って
他のヤツのところへ行ってしまった
惨めだったよ
彼女がいなくなって
俺はもぬけの殻になってしまったのだから
 
Oh darling please don't hurt me this way
oh darling please don't leave me
oh darling please don't hurt me this way
oh darting please don't leave me
 
こんなふうに俺を傷つけないでくれ
俺をおいていかないでくれ
こんなふうに俺を傷つけないでくれ
俺をおいていかないでくれ
 
Now I got messed up
and I fool around
but tbere's no fun anymore
they say times must change
but l'm not so sure
 
もうすっかり混乱してしまって
バカなことばかりやっているよ
でも楽しくも何ともない
時が癒してくれると人は言うけど
本当なのだろうか
 
Lost lovers of summer
as you go your separate way
remember memories you owe
won't bring back tbose special days
 
季節の終わりとともに
離ればなれになる夏の恋人たち
過ぎていった想い出に浸ってみても
あの特別だった日々が戻ってくるわけじゃない
 
Oh darling please don't hurt me this way
oh darling please don't leave me
oh darling please don't hurt me this way
oh darting please don't leave me
 
こんなふうに俺を傷つけないでくれ
俺をおいていかないでくれ
こんなふうに俺を傷つけないでくれ
俺をおいていかないでくれ
 
Don't leave me
not now
please don't leave me
 
今はまだ、俺を置いていかないでくれ
 
  翻訳: 中村泰洋

 

この曲と出会って 20 年。もう何回聴いたかわかりません。何百回とかいったレベルではないのは確かです。このブログポストを記述するに当たり、ディテールの確認のために昨晩久しぶりに CD をかけてみたのですが、それだけでも 10 回くらい聴きました。何度聴いても良い曲です。

 

ハードロック史上最高のバラード曲といって良いでしょう。HR/HM 専門誌 BURRN! が行った 92 年度の読者投票では、曲部門の第 1 位を獲得。その人気は、HR/HM ファンを超えて一般社会にまで波及しました (というのは私の妄想も入っています)。

 

この曲が収録されているアルバムは、デンマークの Pretty Maids が 1992 年に発表した名盤「SIN DECADE」です。発売当日に、当時天白区の植田にあった SOUND4343 でこのアルバムを手にとったことを、今でも鮮明に覚えています。

 

92 年当時は、あの伝説的音楽番組「Sony Music TV」が金曜日の深夜にまだ放映されていました。HR/HM 特集の回にこの曲の PV が流れたときには夜中まで起きてリアルタイムで見たのですが、ビデオに録り損ねてしまいました。友人に訊いても誰も取っておらず、どうしてももう一度見たかった私は、この番組を放送していたテレビ愛知に、この PV をリクエストする手紙を書きました。もちろん返事など来るはずもなく、再度この PV が流れることはなかったはずです。

 

もっとも、Sony Music TV を制作していたのがテレビ神奈川であり、テレビ愛知に手紙を出しても何の意味もないということに気付いたのは、それから何年も経ってからです。

 

そんなわけで、もう 2 度と見ることはないだろうと思っていた幻の PV でしたが、時代が変わり、YouTube というニューメディアが登場して、当時の私の願いは叶えられました。

 

そうです。見つけたのです。画像は醜く、曲の冒頭も切れていますが、紛れもなく、20 年前に私が見た PV でした。それが↓↓↓です。YouTube って素晴らしいですね。

 

 

 

さて、Pretty Maids が今も活動しているのかどうか、残念ながら私は知りませんが、本国ではかなり有名なバンドです。以前のブログにも書きましたが、私は 95 年にニュージーランドのオークランドに留学しており、通っていた語学学校の同じクラスに、ギャップイヤーを利用して来ていたサイモン君とピアさんという 2 人のデンマーク人がいました。ある日 2 人に Pretty Maids のことを訊いてみると、やはり知っていました。サイモン君は、「彼らはちょっとオールドファッションで、僕は Dizzy Mizz Lizzy (当時デンマークで絶大な人気を誇っていたロックバンド) の方が好きだね」と言っていたけれども、デンマークからはるか彼方の日本の留学生が Pretty Maids のファンだということに、まんざらではないという表情を浮かべていたことが印象に残っています。

 

そんな理由で思い入れが強すぎる Please Don't Leave Me なのですが、実はこの曲は、Pretty Maids のオリジナル曲ではありません。原曲は、英国ニューカッスルが生んだハードロック界の「殿」ことジョン・サイクスが、アイルランドの伝説的ベーシスト/ソングライターであるフィル・ライノット (ex. Thin Lizzy) とコラボレートして 1982 年にリリースしたシングル曲で、冒頭のヴァージョンは、Thin Lizzy の大ファンである Pretty Maids がカバーしたものです。

 

92 年当時、サイクス & ライノットによるオリジナル版は日本で発売されていませんでしたが、Pretty Maids によるカバーが日本で大ヒットしたことを受け、当時の音源が CD 化され、日本でリリースされました。その音源が↓↓↓です。

 

 

 

そして、リリースされた頃に TV 番組で演奏した様子と思われる貴重な映像もありました。撮影されたのは 82 年とか 83 年頃と推測されます。

 

 

 

このブログを読んでいる受講生に、映像に映る 2 人のミュージシャンを知っている人はいないかもしれません。金髪でヴィジュアルの良いサイクスはともかく、アフロヘアーのおじさんに若干残念な印象を抱いた人もいるかもしれませんが、フィル・ライノット (と Thin Lizzy) は、アイルランドの国民的英雄であり、日本で言えばサザン・オールスターズとかそういうレベルのミュージシャンです。何しろ、アイルランドの首都ダブリンに銅像があるほど偉大な人物なのです。在りし日のフィルと若き日のジョンが女の子たちに囲まれてとても楽しそうに演奏しており、今となっては相当に貴重な映像であろうと思います。

 

フィルが低い声で淡々と歌うオリジナル版は、ロニー・アトキンスが力強くて情感たっぷりに歌い上げる Pretty Maids ヴァージョンと比べると、何となく物足りないと感じる人も多いでしょう。実際私も、当時は Pretty Maids ヴァージョンの方が好きでした。しかし、2006 年にアイルランドを旅して、ヤラ川の向こう沈んでいくダブリンの夕日を見て以来、フィルが歌うオリジナル版の方が好きになりました。夏でも夕方になると風が涼しくて、どことなくもの悲しげなダブリンの夕暮れを実際に体感してみると、感情の起伏を抑えたフィルの歌唱と、ジョンが奏でるレスポールサウンドが生み出すこの寂寥感こそが、Please Don't Leave Me の本質であると思わずいられないのです。

 

このコラボレーションがきっかけとなり、ジョンはその後 Thin Lizzy に加入して、Thin Lizzy にとって最後となったスタジオアルバム「Thunder and Lightning」のレコーディングに参加。バンド解散後には Whitesnake に加入して、『サーペンス・アルバス (白蛇の紋章)』で全米チャート 2 位、売上 800 万枚という大成功を収めました。

 

Whitesnake を脱退した後、サイクスは自らのバンド Blue Murder を立ち上げ、その後はバンド名を Sykes に変えて数々の優れたアルバムを発表したわけですが、Pretty Maids によって Please Don't Leave Me が日本に紹介されて以来、本家サイクスは、今は亡きフィルへのトリビュートの意味も込めて、アレンジの異なる様々なヴァージョンをリリースしていますので、いくつか紹介しておきましょう。どのヴァージョンにもそれぞれの味わいがあり、甲乙を付けるのはナンセンスです。まずは、97 年に Sykes 名義でリリースしたアルバム「Loveland」に収録されたスタジオテイクです。

 

 

 

Don't Hurt Me This Way という曲名ですが、Please Don't Leave Me のリメイクです。オリジナルを忠実に再現していますが、オリジナルよりもギターワークを前面に押し出したミックスになっていますね。

 

続いてはこちらは、94 年にサイクスが Blue Murder 名義でリリースしたライブアルバム「Screaming Blue Murder ~ Dedicated to Phil Lynott」に収録されているライブヴァージョンです。前年に行われた日本公演 (私も見ました) での演奏を収録しており、こちらはサイクス本人が歌っています。オリジナルよりもテンポが少しスローで、原曲とは全然違うアレンジが施されており、ソロパートが 2 回あるのですが、原曲にはない 4:57 あたりからのドラマチックなソロが実に感動的。スタジオ版よりもベースサウンドが押し出されており、フレットレスベースの名手マルコ・メンドーサとの素晴らしいハーモニーが堪能できます。

 

 

 

私は翻訳者ですので、歌詞にも少し触れたいと思うのですが、残念ながら、歌詞には特筆すべき点が見当たりません。表現はあまりにもシンプルですし、過ぎ去った一夏を振り返り、去って行った彼女を未練がましく思い出すという情けない内容です。ただ、残暑がようやく収まってきて、夜風にようやく秋の気配が感じられるようになった今の時期にはぴったりなのではないかと思います。

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