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選手権決勝を前に抱く複雑な心境

カテゴリ : 
スポーツ
執筆 : 
ellersley 2011-11-13 14:18

このブログを読んでいる人はおそらく誰もご存知ないと思いますが、11月19日の12:30から、瑞穂陸上競技場で第90回全国高校サッカー選手権の愛知県大会決勝が行われます。


この試合に勝ったチームが、愛知県代表として冬の全国高校サッカー選手権に出場するという、高校生サッカー部員にとって最も価値ある大会です。


今年決勝に進出したのは、名古屋市の中京大中京高校と、同じく名古屋市の市立名東高校。名東高校は公立ですが、永曽哲也先生の指導の下、近年メキメキと力をつけてきた新興勢力です。


対する中京は、一昨年、昨年と続けてこの大会を制している常連で、好選手を揃えた優勝候補の筆頭です。チームを率いるのは、献身的なプレーで黎明期のグランパスを支えた名ミッドフィルダー、「ミスターグランパス」こと岡山哲也監督。偶然にも同じ名前ですね。


下馬評では中京に軍配が上がりますが、名東は持ち前の組織力を活かし、準々決勝で東邦、準決勝で岡崎城西といった強豪校を下しており、勢いがあります。


名東の永曽哲也先生は、私が20年ほど前に卒業した某高校でサッカー部の顧問をしておられました。そうです。恩師なのです。当時、永曽先生はまだ30過ぎと若くて経験が浅かった上、赴任してきたばかりということもあり、私たちはまったく結果を出せませんでしたが、週末も毎週のように練習試合を組むなど、熱心に指導してくださいました。


公立高校の教諭である永曽先生にとって、「私立に勝って全国大会出場」が悲願であることは間違いありません。当時は若かった永曽先生ももう50代半ば。今回のようなチャンスはこの先そうそう巡ってこないでしょう。


当日は授業後に私も観戦に行く予定で、応援するのはもちろん名東!


というストーリー展開を予想した読者が多いと思いますが、必ずしもそうではありません。決勝を前に、私は少々複雑な心境です。先ほど永曽先生について立場上「恩師」と書きましたが、私は永曽先生を真の意味で「恩師」と思ってはいないからです。


特に運動能力に秀でていたわけでもなく、しかも高校に入ってからサッカーを始めた私は、当然のことながら選手としてはヘナチョコでしたが、それでも2年生の一時期、右サイドバックや守備的ミッドフィルダーとして何度か先発で試合に出してもらえました。しかしある試合で永曽先生に叱責され、その後はメンバー落ち。そして3年に上がって引退するまで、私に2度と公式戦の出番は回ってきませんでした。


後から入ってきた下級生も台頭してきて、客観的に見れば自分はメンバー落ちして然るべき実力でしたが、メンバー落ちしてからの私に、永曽先生は私に一度もアドバイスをすることもなく、練習試合でさえ出場15分といったこともありました。「もうお前に用はない」と言われている感じがして、私は、「自分がもう一度試合に出られることはないだろうな」と思いながら引退までの時期を過ごしました。


使ってもらえた時期に関しても、自分の何が強みで、何を理由に自分を起用してくれたのかわからないままプレーしており、「もう少し前に出ても良いのかな」と思って少し上がり目でプレーしてみれば、「お前はフォワードじゃない」という叱責。結局私は、高校時代に先生から自分のプレーを褒められたことは一度もありませんでした。


先日、日本サッカー協会のコーチ養成ライセンス講習を受けたとき、担当コーチの指導ぶりは、当時の永曽先生とは対極的で、それはもう感動的とも言えるものでした。ほんの些細なプレーでも、


「良いよ今の動き」


とか、


「ナイスプレーだ!」


といった褒め言葉で選手のモチベーションを高め、まずかったプレーを指摘するときでも、


「何やってんだ、そこはクリアだろう!!」


ではなく、


「今のプレー、他の選択肢はなかったかな?」


とか、


「逆サイドは見えていたかな?」


という具合に、あくまでも本人に考えさせる質問形式なのです。


もちろん私は、永曽先生を憎んでいるわけではありません。永曽先生に悪意がなかったことは十分に承知していますし、今と違ってJリーグもなかった時代。指導方法に関する情報は乏しかったでしょうし、永曽先生自身もまだ若く、指導者として十分な経験を持っていなかったでしょう。あれから20年以上がたった今、もしかしたら永曽先生も日本協会のコーチのような指導法を心得ているかもしれません。そして何よりも、永曽先生の下でサッカーをやったことが、現在の私自身のキャリアや人生観に少なからず影響を及ぼしていることは紛れもない事実です。


しかしあのとき、自らの判断でメンバー落ちさせた私に対して、オシムやザッケローニみたいに、「なあ中村、お前は●●が強みだから、こういうプレーを磨くといい。そうすれば、メンバーに戻るチャンスはいくらでもあるぞ」と一声かけてくれていたなら、その後の自分の取り組み方も大きく違っていたのではないかという気がしないでもありません。


「そんなことは自分で考えることだ」


そういう意見もあるでしょう。でも、当時私はまだ高校生。そんなに主体的に取り組めるほど成熟してはいませんし、特に私は幼いころからサッカーをやっていたわけでもない。この年代の指導者はもっと一人ひとりに介入して良いと思います。


一方、中京の岡山監督は、私が尊敬する世界的名将アーセン・ベンゲル監督によって、「才能がないのに開花した」という希有な選手です。何か特別な強みがあったわけでもないのに、泥臭くも献身的なプレーで苦しい時期もチームを支え、12シーズンもの長きにわたってグランパスでプレーしました。その選手生命は、何の取り柄もない翻訳者でありながら、ベテランが敬遠するような割の悪い仕事や面倒な仕事も積極的に引き受けることによってしぶとく生き延びてきた私自身のこれまでのキャリアと何だかダブります。岡山監督はまた、周りの誰に対しても常に誠実かつ謙虚という優れた人格の持ち主で(別に直接会ったことがあるわけではなく、各種メディアやインタビュー記事等からの印象です)、多くのファンに愛されたからこそ、親しみを込めて「ミスターグランパス」と呼ばれました。私自身も例に漏れず、現役時代の岡山選手を非常に印象強く記憶していますし、そのプレースタイルも好きでした。その後グランパスの育成部で指導経験を積み、母校である中京で監督に就任。まだ30代の若い監督ですが、選手としても監督としてもプロ街道を歩んできたプロフェッショナルのサッカー人です。


永曽先生の直接指導を受けた私は、その悲願をもちろん理解しています。その悲願を達成して欲しいという気持ちももちろんありますが、ディープな部分で、悲願達成を素直に喜べない部分もあります。若輩とはいえ、岡山監督はサッカーのプロです。私にとって必ずしも良い指導者ではなかった永曽先生に、プロの実力というものを見せつけてやって欲しいという屈折した思いも交錯し、私は決勝を前に、どちらを応援しようか未だに決めかねているのです。

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